慶應義塾大学医学部 血液内科

Division of Hematology Department of Internal Medicine Keio University School of Medicine

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研究 留学中の先輩から

石澤 丈

Assistant Professor, Research Faculty
The University of Texas MD Anderson Cancer Center, Department of Leukemia
兼任:慶應義塾大学血液内科、共同研究員

この度、血液内科出身の研究留学経験者として、若手の先生方・学生さんを対象とした体験記を寄稿させていただくことになりました。
私は2007年、池田康夫教授(当時)率いる血液内科へ入局、同時に大学院へ進学しました。2008年より3年間、佐谷秀行教授の研究室(先端医科学研究所 遺伝子制御部門)へ学内留学し癌基礎研究の手ほどきを受けました。2011年に博士号を取得後、岡本真一郎教授のご指導の下、血液内科に臨床オーベンとして復帰、臨床・研究両輪の2年間を経て、2013年からMDアンダーソンがんセンターへ渡米しました。
同センター白血病科でポスドクとして3年間修練後、2016年よりリサーチファカルティー・インストラクター(研究分野における教員職)に就任、2018年11月現在まで、ポスドク・実験助手計4名の小さなチームを率いるプロジェクトリーダーを担っています。具体的には、白血病・リンパ腫の新規治療標的開発および創薬分野におけるトランスレーショナル研究に励んでいます。並行して早期薬剤臨床試験・治験をデザインする鍛錬を積むことで、独自の研究仮説に基づいた早期薬剤治験を、質の高い基礎研究手法を融合させた形で主導できるようになることを一つの目標に掲げています。

さて、まずは私の研究生活の根底にある、夢(ビジョン)と使命(ミッション)をご紹介します。読者の皆さんにとっての夢と使命は今後どのように形成されていくのでしょうか。私の例をご紹介することでその一助となれば幸いです。
My vision is to develop effective treatments that will cure hematological malignancies. To this end, my mission is to immerse myself in cancer translational research as independent physician scientist, merging the fields of basic and clinical science.”
この夢と使命には、これまで出会った全ての患者さんとそのご家族がそれぞれの形で私に託して下さった「希望」が刻まれています。血液腫瘍は多くが化学療法に感受性が高く、寛解・治癒する方も多く見られる一方で、再発・難治性の腫瘍に苛まれる例が未だに絶えません。私自身も慶應血液内科時代、元気になられた患者さんから希望と勇気をいただいた一方で、命を救えない無念を何度となく味わいました。そしてその度に、血液腫瘍医として新規治療開発に従事していきたいという意志を強固にしていきました。残されたご家族のお言葉にその使命感を後押しいただいたことも数知れません。ここでは一つだけ、慶應血液内科での出来事をご紹介したいと思います。2011年初冬のこと、ある特殊なタイプのリンパ腫を患ったAさんの最期は、数か月に及ぶ長期入院中、毎日欠かさずお見舞いに来られていた奥様と、海外から急遽帰国されたご息女お二人に囲まれていました。リンパ腫再発の予兆として重要だったわずかな皮疹の再燃も、Aさんの微妙な体調変化も見逃さず、診療の質を高めて下さっていたその聡明な奥様が、深い悲しみの底で私に下さった感謝のお言葉を忘れません。そして最後にこう付け添えて下さったのです。「先生は研究の方面にもご興味があることは伺っております。主人が心より信頼していた先生がいつか、治療抵抗性のリンパ腫を治癒するような薬を開発され、それがメディアを通じて私の目に留まる日が来ることを信じております。」
私の信念を強固にしたもう一つの要素は、慶應時代の3名の恩師それぞれから頂いた教えです。生涯をかけて一つの夢を「追求し続ける」重要さを、「がん基礎研究」を通じて医学に貢献することの真髄を、そして、(数・期間よりむしろ)個々の症例を診る「深さ」こそが臨床医としての大切な要素であることを、日々の臨床・学術活動の中で教えていただきました。
私は慶應在籍時代のこの両面の体験を経て、血液腫瘍分野で新規治療開発の修練を積むため、新薬開発におけるトランスレーショナル研究が発展している米国へ渡る決意を固めました。

MDアンダーソンがんセンターが名実ともに全米トップのがんセンターである所以は、「『がんを撲滅する(”Making cancer history")』という一つの夢を施設全体が共有することによる一体感」にあると私は思っています。さらに言葉を変えれば、施設内の全ての人、すなわち患者さん・ご家族・医療従事者・研究者それぞれが「研究という架け橋」で結ばれていることだと私は解釈しています。基礎・臨床研究の橋渡しに精通する使命を掲げた私にとって、ここはまさにそれを体現できる環境です。
トランスレーショナルリサーチャーとしての私の視点から、上記の「架け橋」を体感した一例を挙げるとすれば、例えば、私が遂行した前臨床試験(細胞株・臨床検体や動物実験による研究)が主な発端となり、その新薬が同センター主導の早期臨床試験までに発展した経験を得た時のことです。その薬剤が白血病患者さんに実際に投与される現場に私も立ち会い、主導医師と共に臨床経過を追うことになったのです。患者さんの部屋に同席する私を主治医が「彼はこの薬の開発に貢献した研究者です。本研究でも、血液検体の特殊解析など基礎研究部分を担います。」と紹介すると、それを聞いた患者さんは私にこう声を掛けて下さいました「研究者という道を選んで下さって、ありがとうございます」。この体験こそ、創薬研究が患者・研究者―ともすれば違う空間を生き、交流することのない双方―がそれぞれに抱く希望の「共通項」として存在しうることの証でした。
がん研究は当然のことながら、科学が持つ冷静で無機質な性質を合わせ持ちます。しかし本来の目的に立ち返った時、それは常に(関わる全ての)人を人として繋ぐ架け橋として存在しうるものだと私は信じています。血液腫瘍はこの数年特に分子標的治療や一部の免疫治療の発展が著しく、日本においてもその「架け橋」はより鮮明で強固になっていくことが期待されます。そういった潮流の備えとして、私もいつか母国のがん・血液腫瘍分野に貢献できるよう、今後も研鑽を続ける所存です。

これから専門科を決める皆さんにとって、ご自身の10年以上先を今すぐにイメージすることは難しいと思います。しかしこれを機に、血液内科医が歩みうるキャリアパスのごく一例として私の例が皆さんの頭の片隅に記憶され、たった一人でも血液腫瘍研究という架け橋を辿り始め、世代を超えて繋がることがあるのなら、これほど嬉しいことはありません。
(2018年11月記載)

雁金 大樹

Stanford Cancer Institute Postdoctoral Fellow
慶應義塾大学医学部血液内科 共同研究員
国立国際医療研究センター研究所生体恒常性プロジェクト 客員研究員

私は2012年度に慶應義塾大学医学部血液内科に入局し、臨床血液学そして造血幹細胞学を学びました。今は米国スタンフォード大学で白血病の研究をしています。簡単にこれまでの経緯をお話させて頂きますので、我々の診療科に興味を持って下さっている皆さまの一助となれば幸いです。

研修医から血液内科入局まで

2008年から川崎市立川崎病院という救急・総合診療が盛んな病院で初期研修をしました。学生時代には血液学も面白いなぁと思っていましたが、川崎病院には血液内科はなく、むしろこの頃は総合的に患者さんを診られるような医師を目指していました。ですので、私自身が基礎研究をする日が来るとは思っていませんでした。その後慶應義塾大学医学部内科学教室に入局し、大学病院そして市中病院で総合的に内科を診ていく中で、腫瘍学や感染症学に興味が出てきました。(患者さんにとっても私にとっても)幸いな事に、最初に急性骨髄性白血病の治療をさせて頂いた方々は化学療法だけで完治致しました。厳しい治療でもそういった喜びを患者さんと分かち合える事に惹かれ、血液内科への入局を決めました。

入局から大学院生まで

血液内科に入局すると、当然多くの血液疾患の方々を担当する事になります。当然その中には、治療困難な症例も多く、そこで研究の重要性に気づかされます。臨床研究もしくは基礎研究をする事でしか解決策は見つからないからです。学生・研修医の方々が、そもそもなんで研究する医師が多いの?と疑問を持つかもしれません。私もその一人でした。しかし皆さまも専門領域に入りそういった現状を目の当たりすると、同じように研究に対して興味が出てくると思います。白血病や骨髄異形成症候群は造血幹細胞の異常により発症する事が知られており、まずは正常造血幹細胞を勉強するため、発生・分化生物学教室(須田年生教授・田久保圭誉講師、当時)に学内留学致しました。造血幹細胞は血球を生涯に渡り供給し続けます。それは定常状態のみならず、抗癌剤や造血幹細胞移植といったストレスにより血球が低下した後も造血幹細胞により血球が供給され維持されます。これをストレス造血と呼びますが、このストレス造血研究を通じて、幹細胞研究の基礎知識を学び、そして面白さを体感する事ができました。

再度臨床、そして留学

臨床と基礎研究はかけ離れていると思われるかもしれませんが、臨床で養われた論理的思考は基礎研究でも必要なものでした。一方で、大学院期間を終えて臨床に戻った後も、基礎研究で培われた科学的思考や実験手法に関する理解は、臨床現場で大いに役立ちました。これは血液学の特徴で、臨床と基礎研究の距離が近く、基礎研究での知見がすぐに検査・治療に結び付く分野であるからだと思います。

臨床現場で再び難治性疾患の患者さんと向き合うと、さらに白血病研究への熱が増してきました。難治性疾患の新規治療法を見つけるということは、医師にとっても大きな喜びです。私の場合は白血病研究の場を探すのにあたり、マウスの細胞ではなく、実際の疾患検体を使った研究をしなければ真理には辿り着けないと考え、検体を広く集め研究を展開している研究室を探しました。そこで、スタンフォード大学Majeti博士に出会いました。

留学生活

Majeti博士は急性骨髄性白血病研究の第一人者で、「前白血病幹細胞」という概念を最初に報告しました。急性骨髄性白血病発症時には、骨髄の中に異常細胞(白血病細胞)と正常細胞が混在しています。しかし一見正常と思われる造血幹細胞にも一部遺伝子異常を有する集団が存在します。これらは前白血病幹細胞と呼ばれ、白血病の温床となり、そして再発の源となるという概念です。その他にも同研究室では、全米屈指の総合大学であることを生かし、大学内で開発された様々な新規技術を、黎明期に血液学へ導入しています。実際にこちらに来て感じたことは、自由で全く差別的な空気がない事です。まさにスタンフォード大学の校訓である ”Die Luft der Freiheit weht”  (ドイツ語で“自由の風が吹く”) を体現しているような環境です。もちろん辛い事もそれなりにあります。ネイティヴスピーカーばかりのミーティングですので、理解するのに必死です。それに物価の高騰が激しく、最近こちらで発表されたシリコンバレーの貧困層の基準が年収1100万円以下(!)というのだから驚きです。住居も古いところが多く、日本に比して快適とは言えません。しかしそこを考慮しても、とても研究に適した環境です。研究だけに集中できる時間、サイエンスを愛してやまない同僚、建設的かつ先進的な助言、そして何かうまくいかない事があってもいつも広がっている青空(雨季を除きホントに雨は降りません)が明るい気持ちにしてくれます。

血液学は日々進歩しており、臨床・研究共に全力で臨む医師が大勢います。血液学に興味のある皆さまは、ぜひその気持ちを絶やすことなく、我々にご連絡頂ければと思います。