慶應義塾大学医学部 血液内科

Division of Hematology Department of Medicine Keio University School of Medicine

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研究 基礎研究

研究プロジェクト

1. 次世代シーケンス技術を利用したがんの遺伝子解析

次世代シーケンスによるがんゲノム解析とは

造血器腫瘍を含むすべての悪性腫瘍は、ドライバーとなるがん関連遺伝子の機能を変化させる体細胞異常を獲得することにより引き起こされます。近年、我々のグループも含め世界中の主要ながん研究機関によって、大規模かつ系統的な遺伝子解析研究が行われ、幅広いがん腫において遺伝子異常の全体像が明らかにされつつあります。これらの成果は、シーケンス技術の発達、特に大量並列シーケンシング(次世代シーケンシング:next-generation sequencing: NGS)の開発により実現されたものであります。その結果、遺伝子変異(点突然変異や挿入・欠失変異)、コピー数異常(増幅および欠失)、構造異常(転座、欠失、逆位、重複)、融合遺伝子などの様々な種類の体細胞異常が明らかにされ、がん発症・進展に重要であるドライバー遺伝子の網羅的なカタログが生成されるだけでなく、腫瘍化に至る生物学的過程の解明が進みつつあります。さらに、大規模シーケンスの結果、古典的にがんの発症に重要と考えている、細胞の生存・増殖に関与するシグナル伝達経路の異常(RASやBCR-ABLなど)や、腫瘍抑制遺伝子(TP53やRB1など)に加えて、エピジェネティック制御因子(IDH1/2やDNMT3Aなど)やスプライシング因子(SF3B1やU2AF1など)、免疫回避関連遺伝子(PD-L1など)などの新たなドライバー遺伝子が見出されています。これらの中には、多数の潜在的な治療標的や、治療反応性や予後に影響を与える遺伝子異常(バイオマーカー)が含まれると考えられ、今後臨床への応用が進むと考えられています。

成人T細胞白血病リンパ腫の統合解析

次世代シーケンサーを用いた大規模かつ系統的な遺伝子解析研究が盛んに行われる中で、我々は世界に先駆けて、多数の成人T細胞白血病リンパ腫(adult T-cell leukemia/lymphoma: ATL)患者の検体を用いた、全エクソン解析・全ゲノム解析による変異および構造異常の検出、RNAシーケンスによる融合遺伝子の同定、マイクロアレイによるコピー数解析やDNAメチル化解析を含む、包括的な遺伝子解析を行ってきました。その結果、ATLにおける遺伝子異常の全体像を解明し、PLCG1やPRKCB、VAV1などの機能獲得型変異や、CTLA4::CD28融合遺伝子などの構造異常を含む、多数の新規の遺伝子異常を同定してきました(Kataoka K, Nat Genet, 2015; Kogure Y, Cancer Sci, 2017)。さらに、これらの遺伝子異常が臨床的因子とともに予後に影響を与えることを明らかにしてきました(Kataoka K, Blood, 2018)。

ATLにおける遺伝子異常の全体像

図:ATLにおける遺伝子異常の全体像(Kataoka K, Nat Genet, 2015

成人T細胞白血病リンパ腫の全ゲノム解析

以前に実施したATLの統合解析により病態に関する多数の知見を得ることができましたが、このとき行われた解析はエクソン領域を中心とした解析であり、未解明のゲノム領域が残されていました。そこで、我々は国内外の施設から150例のATLサンプルを収集し、高深度全ゲノム解析を行いました(Kogure Y, Blood, 2022)。これによりタンパクコード・非コード変異、構造異常、コピー数異常のデータを同時に解析することが可能となり、合計56個のドライバー遺伝子を同定しました。この中には、以前は解析されていなかったエクソンに多数の異常を認めたCIC遺伝子(ATLの33%)や、構造異常によるC末端切断が高頻度に起きていたREL遺伝子(ATLの13%、GCB型のDLBCLで13%)等の11個の新規遺伝子が含まれていました。アイソフォーム特異的Cicノックアウトマウスの解析により、CIC-LがT細胞の分化・増殖を制御する上で選択的に作用していることも突き止めました。また、タンパク非コード領域ではスプライス部位の変異を繰り返し認めました。更に、全ゲノム解析による遺伝子異常の情報を用いて、ATL患者を二群に分類でき、この分類は臨床所見や予後と関連していることを明らかにしました。
プレスリリース:「成人T細胞白血病リンパ腫(ATL)のゲノム異常の全体像を解明-がん研究における全ゲノム解析の可能性を示す-」

全ゲノム解析で解明されたATLのゲノム異常の全体像

図:全ゲノム解析で解明されたATLのゲノム異常の全体像(Kogure Y, Blood, 2022

節外性NK/T細胞リンパ腫(ENKTCL)における宿主およびウイルスゲノムの異常の全体像

ENKTCLはEBウイルス(EBV)が関与する予後不良のT細胞腫瘍で、アジア地域で高頻度に発生します。我々は、ENKTCLにおける遺伝子異常を解析し、PD-L1遺伝子の3´-非翻訳領域に高頻度の欠失が見られることを発見しました( Kataoka K, Leukemia, 2019)。更に、日本とフランスのチーム(Lucile Couronné先生)との共同研究で178例のENKTCL患者検体の全エクソン解析および標的シーケンス解析を実施し、MSN、BCOR、DDX3X、KDM6AといったX染色体上の遺伝子に高頻度な異常を見出しました(Ito Y, Cancer Res, 2024)。特に高頻度なMSN異常(15%)は、NK細胞の分化障害とNF-κB経路の活性化を引き起こし、治療標的となる可能性が示されました。また、遺伝子異常を用いて既存の臨床分類と独立にENKTCLを2群に分類可能な分子分類を作成しました。更にEBVゲノムの解析では日本の患者に高頻度の欠失が見られ、免疫回避との関連が示唆されました。このように、ENKTCLの遺伝子異常と治療標的の可能性が明らかになりました。

節外性NK/T細胞リンパ腫(ENKTCL)における宿主およびウイルスゲノムの異常の全体像

遺伝性淡明細胞型腎細胞癌における腫瘍内および腫瘍間の遺伝的免疫学的不均一性

Von Hippel-Lindau(VHL)病に伴う遺伝性淡明細胞型腎細胞癌(ccRCC)は同一患者内に時間的・空間的に独立したクローンの多発、再発を繰り返すことが特徴であり、同一の免疫学的背景下で異なる腫瘍の免疫微小環境を比較することが可能です。我々は東京大学大学院医学系研究科泌尿器外科学教室(佐藤悠佑講師)と共同で遺伝性ccRCCの多部位シーケンスを行いました(Tabata M, Cell Rep, 2023)。
RNAシーケンスおよびnCounter解析により、腫瘍は免疫関連遺伝子の発現が高いhotクラスターと低いcoldクラスターに分類されました。免疫hotな腫瘍を有する割合は患者によって偏りがあり、免疫微小環境には腫瘍因子と患者因子の両方が影響を与えていることが示唆されました。遺伝性ccRCCの不均一性を考慮することは、免疫治療を含む治療戦略を改善する上で重要な鍵となると考えられます。
また、遺伝性ccRCCでは孤発性ccRCCに比べてドライバー変異が少なく、生殖細胞系列のVHL遺伝子異常が体細胞ドライバー変異より強力に発がんに寄与する可能性が示されました。これらの結果により、遺伝性ccRCCの多発傾向や早期発症が説明されました。

遺伝性淡明細胞型腎細胞癌における腫瘍間VS腫瘍内不均一性

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2. 遺伝子改変マウスモデルやCRISPRスクリーニングを用いた悪性リンパ腫の分子病態の解明

我々が明らかにした遺伝子異常を再現する動物モデルを開発し、悪性リンパ腫の分子病態の解明やバイオマーカーや創薬標的の同定に取り組んでいます。これまでに成人T細胞白血病リンパ腫で高頻度に認められるCICのアイソフォーム特異的な機能喪失型変異(Kogure Y, Blood, 2022)や節外性NK/T細胞リンパ腫で特徴的なX染色体上のドライバー異常で最も高頻度であるMSN変異・欠失(Ito Y, Cancer Res, 2024)を再現するマウスを作成し、その生体内における役割を解析してきました。最近では、動物モデルを用いて、後述する単一細胞解析で認められた新規分画・分子異常などの役割も検討しています。一方、このような遺伝子改変マウスでは多くの遺伝子異常を同時に検証するのは困難であるため、生体内CRISPRスクリーニング法を開発し、腫瘍発症に寄与する遺伝子異常を高効率に検証しています。

3. 免疫回避に関わるPD-L1/PD-L2ゲノム異常の同定とバイオマーカーとしての検討

PD-L1ゲノム異常の同定とがん免疫回避における役割の解明

ATLにおける遺伝子解析、およびthe Cancer Genome Atlas(TCGA)で利用可能な30種類以上の悪性腫瘍における10,000例を超えるがん横断的な解析を行い、ATLと12種類の主要な悪性腫瘍(消化器がん、肺がん、頭頸部がん、B細胞リンパ腫など)においてPD-L1 3′-非翻訳領域(untranslated region: UTR)を標的とするゲノム異常によりPD-L1の恒常的活性化が認められることを明らかにしました(Kataoka K, Nature, 2016 )。さらに、CRISPR/Cas9システムおよびマウス腫瘍退縮モデルを用いた解析により、PD-L1 3′-UTR異常を持つ腫瘍は免疫回避による腫瘍増殖が促進されるが、その効果はPD-1/PD-L1阻害により著しく減弱されることを明らかにしました。これらの結果は、PD-L1 3′-UTR異常が免疫チェックポイント阻害剤の治療標的となり、そのバイオマーカーとして有用である可能性だけでなく、遺伝学的メカニズムが腫瘍細胞の免疫回避に重要な役割を果たすことを示しています。

様々ながん腫におけるPD-L1 3′-UTR異常

図:様々ながん腫におけるPD-L1 3′-UTR異常(Kataoka K, Nature, 2016
A. 様々な種類の構造異常によりPD-L1 3′-UTR異常が起こると、mRNA分解が抑制されてPD-L1恒常的活性化が誘導され、がん細胞の免疫回避が促進される。B. 各悪性腫瘍におけるPD-L1 3′-UTR異常とPD-L1発現の関係。

B細胞リンパ腫におけるPD-L2の機能および発現制御機構の解明

我々は、マウスを用いた単一細胞マルチオミクス解析と、シス制御部位およびトランス制御因子に対するCRISPRスクリーニングにより、B細胞リンパ腫におけるPD-L2の腫瘍促進機能と発現制御機構を解明しました(Shingaki S, Koya J, Yuasa M, Leukemia, 2023)。PD-L1とPD-L2は、免疫チェックポイント分子PD-1のリガンドです。これまで多く研究されているPD-L1とは対照的に、PD-L2のがんにおける生物学的意義と発現制御機構についてはほとんど知られていませんでした。我々は全がん解析によりPD-L2がびまん性大細胞型B細胞リンパ腫で最も高発現であることを見出し、細胞系列特異的な機能と発現制御に関する研究を実施しました。まず、B細胞リンパ腫マウスモデルを用いた単一細胞マルチオミクス解析を行い、腫瘍微小環境においてPd-l1とPd-l2の過剰発現が骨髄系細胞の増殖を促すなど、細胞動態や表現型に同等の影響を与えることを明らかにしました。次に、ヒトB細胞を用いたエピジェネティック解析とCRISPRタイリングスクリーニングの統合解析の結果、B細胞リンパ腫で特徴的に発現している新規の転写開始点を含む、複数のPD-L2シス制御部位を見出しました。さらに、機能喪失型CRISPRスクリーニングにより、IRF4とEBF1などのPD-L2トランス制御因子を網羅的に同定しました。本研究により、B細胞リンパ腫の腫瘍免疫に対する理解が進み、がん免疫療法の改善に繋がることが期待されます。当研究室は、このように大規模がんゲノムデータ解析、単一細胞マルチオミクス解析、CRISPR/Cas9システムなど、様々な研究手法を統合的に駆使することにより、がんの生物学的特性の理解に取り組んでいます。

ヒトB細胞におけるPD-L2シス制御の全体像

4. 免疫回避に関わるPD-L1/PD-L2ゲノム異常の同定とバイオマーカーとしての検討

単一細胞マルチオミクス解析によるATLの多段階発がん分子機構の解明

我々は、最新技術である単一細胞マルチオミクス解析を用いて、ヒトT細胞白血病ウイルス1型(HTLV-1)感染を原因とする成人T細胞白血病リンパ腫(ATL)の多段階発がん分子機構を解明しました。(Koya J, Saito Y, Blood Cancer Discov, 2021)。単一細胞マルチオミクス解析は、同一の単一細胞から網羅的遺伝子発現のみならず100を超える細胞表面マーカー、T/B細胞受容体レパトアなどの情報を得られる最新の研究手法です。この手法を用いて、HTLV-1感染細胞を単一細胞レベルで正確に同定し、HTLV-1感染細胞のクローン拡大およびATLへの進展に伴う分子学的な細胞動態の変化を網羅的に明らかにしました。他にも、ATLクローン進展様式の多様性やHTLV-1感染やATL発症に伴う免疫微小環境動態の変化、腫瘍細胞の体細胞異常による微小環境の変容などの様々な事象が、多くの機能解析実験と組み合わせることで紐解かれました。当研究室は、この単一細胞マルチオミクス解析技術をさらに発展させ、機能解析と融合させることで、がん組織における不均一性と細胞間相互作用の理解を深化させ、新たな治療標的の探索を行います。
プレスリリース:「成人T細胞白血病リンパ腫の多段階発がん分子メカニズムを解明 難治性疾患の新規治療標的候補を複数同定」

単一細胞マルチオミクス解析によるATLの多段階発がん分子機構の解明

5. がん種横断的解析による新規の遺伝学的発がん機構の解明

同一がん遺伝子における複数変異の意義の解明

我々は、発表当時過去最大規模の症例数である6万例を超える大規模ながんゲノムデータについて、スーパーコンピューターを用いた遺伝子解析を行い、同一がん遺伝子内における複数変異が相乗的に機能するという新たな発がん機構を解明しました(Saito Y, Koya J, Nature, 2020)。従来、がん遺伝子は単独で変異が生じることが多いと考えられてきましたが、PIK3CA遺伝子・EGFR遺伝子などの一部のがん遺伝子では複数の変異が生じやすいことが明らかになりました。これらの変異は単独では機能的に弱い変異ですが、複数生じることで相乗効果により強い発がん促進作用を示しました。特にPIK3CA遺伝子で複数変異を持つ場合は、単独変異よりもより強い下流シグナルの活性化や当該遺伝子への依存度が認められ、特異的な阻害剤に対して感受性を示しました。これらの結果は、同一がん遺伝子内の複数変異が発がんに関与する新たな遺伝学的メカニズムであることを示しています。
このように、当研究室は多様ながん種由来の様々な解析プラットフォームによるデータを統合的に扱うがん種横断的ゲノム解析を進めており、がんゲノム異常の全体像と発がん機序の解明に取り組んでいます。
プレスリリース:「最大規模の横断的がんゲノム解析による新規発がん機構の解明―がんゲノム医療への応用が期待―」

網羅的全がんゲノム解析

遺伝的がんリスク体質ががん特性に与える影響の解明

我々は体細胞異常に遺伝的素因が与える影響を理解するために、生殖細胞系列バリアントに着目した研究も進めています。大阪大学の遺伝統計学教室(岡田随象教授)と共同で、各個人の「遺伝的がんリスク体質」を強く反映するスコアであるポリジェニック・リスク・スコア(PRS)を構築し、遺伝的がんリスク体質の特性を網羅的に調べたところ、遺伝的がんリスク体質を持つ人は、さまざまな種類のがんにおいて、若い年齢でがんを発症し、がんに蓄積している体細胞異常(体細胞変異やコピー数異常)が少ないことが分かりました (Namba S, Saito Y, Cancer Res, 2023)。本研究成果によって「遺伝的がんリスク体質」の理解が進み、がんの予防や個別化医療を推進することに役立つと期待されます。
プレスリリース:「遺伝的がんリスク体質の人は若くしてがんになりやすい~がんの特性をPRSで解明~」

遺伝的がんリスクの推定

日本人のがんゲノム異常の特徴と変異の共存パターンの解明

我々は国立がん研究センターがんゲノム情報管理センター(C-CAT)に登録された約5万例を解析し、がん種横断的に日本人のドライバー遺伝子異常と臨床的有用性を明らかにしました(Horie S, Saito Y, Cancer Discov, 2024)。米国癌学会シーケンスプロジェクト(GENIE)のがん遺伝子パネル検査データと比較し、様々な種類のがんにおいてTP53遺伝子変異の頻度が高いなどの日本人のがんゲノム異常の特徴を明らかにしました。 また、C-CAT、GENIE、米国のがんゲノムアトラス(TCGA)のデータを統合した共存排他解析を行うことで、エピゲノム制御因子変異が共存しやすいことを見出しました。これらの変異の共存は、増殖関連の遺伝子発現変化や細胞増殖への依存関係の変化を介して、がんの生存に有利に働くことを明らかにしました。
プレスリリース:「日本人のがんゲノム異常の全体像を解明 約5万例のがん遺伝子パネル検査データを解析」

日本人約5万例のがん種横断的がんゲノム異常の解析

6. 遺伝子異常の臨床応用と個別化医療への展開

造血器腫瘍に対する遺伝子パネル検査の社会実装

我々をはじめとして様々な研究グループから、造血器腫瘍の発症・進展に重要なドライバー遺伝子異常が、我々を始めとして様々な研究グループから報告されています。さらに、これらの遺伝子異常は、様々な造血器腫瘍において治療薬の選択だけでなく、疾患の診断や予後予測に有用であることが報告されており、遺伝子異常をまとめて検出することが患者一人一人に合わせた「個別化医療」の実現に繋がることが期待されています。しかしながら、造血器腫瘍において重要な遺伝子異常は、塩基置換、コピー数異常、構造異常、融合遺伝子と多岐にわたり、これらを一度の検査で網羅的に検査できるNGSを用いた遺伝子パネル検査は、日本では実装されていません。我々は日本血液学会より発表された造血器腫瘍ゲノム検査ガイドラインに基づき、造血器腫瘍において重要な遺伝子異常を網羅的に検出可能な遺伝子パネル検査の開発を行っています。
プレスリリース:「国内初の造血器腫瘍を対象とする遺伝子パネル検査を開発」

Work flow for clinical sequence

さらに、当センター中央病院・東病院、ゲノム解析実績を有する医療機関、診断薬開発企業などと共同で、この遺伝子パネル検査の性能検証および検体入手からエキスパートパネル、結果報告に至るまでの臨床シーケンスの実用性の評価を行いました。この研究には当センター中央病院・東病院で治療を受けた血液がん患者(初発および再発の成人および小児患者)が対象となり、176人の患者を解析しました。97%の患者で1個以上の遺伝子異常が、1人の患者につき中央値7個の遺伝子異常が検出されました。特にIGH転座を始めとする構造異常や、稀なものを含む様々な融合遺伝子、生殖細胞系列の異常も検出でき、本遺伝子パネル検査の高い性能が示されました。また、診断、治療法選択、および予後予測における有用性の観点から、検出された遺伝子異常を血液がんの疾患ごとに評価しました。その結果、診断、治療法選択、予後予測を行う上で臨床上有用であると考えられる遺伝子異常が、それぞれ82%、49%、58%の患者で検出され、遺伝子パネル検査は特に診断、次いで予後予測に有用であることが示されました。本研究で得られた知見は日本における血液がん遺伝子パネル検査の普及および個別化医療の基盤となることが期待されます。
プレスリリース:「血液がんに対する包括的ゲノムプロファイリングのための遺伝子パネル検査の有用性を検証」

ゲノムプロファイリングの血液がんにおける有用性評価

このように開発した造血器腫瘍遺伝子パネル検査は、国立がん研究センターを含む国内主要施設と大塚製薬による共同研究コンソーシアムにて臨床的有用性が検証され、2024年3月29日に大塚製薬が国内での製造販売承認申請を行っています。承認されれば国内で初めての造血器腫瘍を対象としたがん遺伝子パネル検査となる見込みです。この造血器腫瘍遺伝子パネル検査の実装を通じ、造血器腫瘍領域において個別化医療が大きく進歩し、よりよい医療に貢献することが期待されます。
大塚製薬プレスリリース:「国内初の造血器腫瘍遺伝子パネル検査の製造販売承認申請について」
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再発・難治多発性骨髄腫におけるctDNA変異の臨床的意義

血液がんの一種である多発性骨髄腫(MM)において、TP53以外の遺伝子変異と予後との関連は未解明であり、また再発・難治性多発性骨髄腫(RRMM)における遺伝子変異の予後との関連も未解明でした。最近、MMにおける循環腫瘍DNA(ctDNA)解析が、その低侵襲性と体内の全クローンの情報を反映しうるポテンシャルから注目されています。
我々はRRMMの患者を対象にした国内の臨床試験(C16042試験,NCT03433001)に参加された261名の患者さんから、骨髄形質細胞(BMPC)とctDNAを採取し遺伝子解析を実施しました(Kogure Y, Blood, 2024)。その結果、BMPCとctDNAにおける変異頻度が明らかになり、特にTP53変異がctDNAに特徴的でした。さらに、ctDNA解析においてTP53変異やKRAS変異など6つの変異、あるいは変異遺伝子数による無増悪生存率の予測能が優れていることを示しました。さらに、ctDNAを利用した効率的な予後予測モデル(ctRRMM-PI)を開発しました。このように、ctDNA解析はMM患者さんに最適な治療を選択するための基盤となる可能性があることが示されました。
プレスリリース:「再発・難治性多発性骨髄腫における循環腫瘍DNA変異を解析 骨髄の形質細胞DNAを上回る高い予後予測能力を示す」

研究の概要

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7. 今後の展望

現在は、造血器腫瘍を中心に、未だに遺伝子異常が十分に明らかではない悪性腫瘍の網羅的な遺伝子解析を行うだけでなく、我々がPD-L1 3′-UTR異常を同定したのと同様のがん横断的なアプローチにより、悪性腫瘍全体の遺伝子異常の全体像を明らかにしようと試みています。特に、次世代シーケンスにより得られたビッグデータを医学的・生物学的に異なる視点から解析・解釈することにより、新たな発見を見出すことを目標としています。同時に、新規に同定された遺伝子異常が腫瘍化に果たす役割について、CRISPR/Cas9システムなどの最先端の分子生物学的手法や遺伝子改変動物モデルなどを用いて解明することを目指しています。さらに、このような研究成果を臨床に還元するために、遺伝子異常に対する分子標的薬の開発やバイオマーカーとしての意義の検討や、造血器腫瘍に対する遺伝子解析パネルの開発、臨床シーケンスなどを含めた個別化医療への応用に取り組んでいます。
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